ところざわ倶楽部
再録:2026年1月5日
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≪一寸庵閑話≫ 秋の出雲、松江、足立美術館、福岡を「ひとり旅」(2) ・・・知ることは想像力と創造力を高めるチャンスです ・・・ (#^.^#) |
▼足立美術館の滞在は通常2時間と想定されているそうですが、
私は3時
間!気に入った証拠です。安来駅にもどり駅周辺を散策。ゆったりした空間と時間をたのしんだ後、松江駅近くのホテルにチェックイン、ひと風呂あびていざ出
陣。出雲の郷土料理と日本海の海の幸に地酒の熱燗をグビリグビリ。足立美術館は素晴らしかった、自分もメモを取ったり他人(ひと)に訊ねるなど勉強したの
で満足満足! (^^♪)
▼10月某日 日本の県庁所在地で一番人口が少ない都市を争っている人口20万人ほどの城下町・松江は美しい水の都です。
さっそくバスの名所めぐり「レイクライン1日乗車券」を買って松江城(1611年堀尾吉晴が築城、別名千鳥城)へ。
5つの国宝の城のうちの1つで、私の故郷松山のお城も正岡子規が『春や昔15万石の城下かな』と詠んだ名城です。。望楼に登ります。
堀川遊覧船に乗って50分で1周。お濠に架かる
17の橋の下を通りますが、4カ所では船の屋根を下げなければ通れません。座る姿勢から寝る姿勢に。(^_-)
小泉八雲〈ラフカディオ・ハーン〉は記者の時、「古事記」を知り1890 年に来日。日本が大好きで、松江の風土、文化、風習に感銘。セツと結婚し日本人に帰化します。セツが話す地元に伝わる怪談をもとに「耳なし芳一の話」等を著します。 記念館のとなりに小泉八雲の旧居があり、昭和7年 高浜虚子が訪ねたとき詠んだ 『くはれもす八雲旧居の秋の蚊に』がありました。八雲旧居の近くに広い「武家屋敷」があります。外人の娘さんにシャッターを 押してもらいました。頼むときは英語で、フランス人とわかったので「メルシー」といったら「ドイタシマシテ」だって。なんやねん。(*^:^*) 松江松平藩第
7代藩主・松平治郷は、藩政改革と松江を茶の湯の町にした大名茶人・不昧公(ふまいこう)として親しまれています。没後200年
を記念した企画展覧会が島根県立美術館で開催されていました。国宝・大井戸茶碗や梅花天目、書などが展示されています。常設の美術品も見学、なかでも藤田
嗣治の『仏印風景』は、彼がフランスから帰ってベトナムのフエに旅行した時に「王宮への路」として描いたもの。私もフエに行ったのでその光景を思い浮かべ
ながら鑑賞しました。写真はOKでした。
松江は京都、金沢とともに3大和菓子処です。
私も秘書に頼まれた桂月堂の『薄小倉』を求め、県立美術館から散策がてら本店へ。12個入りと8
個入りがあり迷って秘書に電話。「12個入りを」「今どこ?」「唐津に1泊してこれから福岡に帰る」とか。秘書も「ひとり旅」している。
(^_^) ▼10月某日 朝10 時にチェックアウト。松江城大手前から昨日歩いて気に入った塩見縄手まで、逆方向に歩き、さらに松江堀川地ビール館へ。松江牛とポテトフライでピルスナービールを。 地ビール全国第3位の実力を香り、色、味、のど越しに感じて満足。 松平藩の菩提寺月照寺へ。
広く静かな境内を歩き、不昧公の墓にたどりつきます。八雲の怪談に出てくる大亀、本当は不昧公が父の徳を称えて作ったとか。
『小型機で海の上飛ぶ肝だめし』
イ シグロは、英国貴族邸の老執事スティ―ブンスが短い旅に出て、長い間仕えたダーリントン卿への敬慕の念、執事の鑑だった父への想い、女中頭への恋心、屋敷 で催された会議などを美しい田園風景とともに描きます。最後に老執事は自分の生き方を悔いますが、「人生たのしまなくっちゃ。夕方が一日でいちばんいい時 間なんだ」と桟橋近くのベンチで会った男はいって去って行きます。私の好きな丸谷才一は、「わたしは、男がこんなに哀れ深く泣くイギリス小説を、ほかに読 んだことがない。」と解説を結んでいます。翻訳もうまいので、とにかく読みやすい。久しぶりに感動した作品です。 ▼10
月某日 福岡で必ず行く鮨処「やま中 本店」(磯崎新の設計)へ息子夫婦、孫と秘書と5人で。予約でも満員でちょっぴり贅沢ですが2階へ。
美味しくいただきました。生け花と博多人形師・西頭哲三郎の作品「杜若」が飾ってありました。
秋の数日を「ひとり旅」をたのしみ、満足して無事帰宅しました。 『ひとり旅元気に帰り浴びる風呂』 (完)
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