再録:2026年1月5日
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“検診の功罪” 1999-12 -3 記 岡本 詔一郎 |
検診、私はどうも!検診の日は、気が重く、気分が優れなく成る。こんな気持ちに成るのは私だけでしょうか。多分皆さん同じでは。もうかれこれ二十年ぐらいに成ると思うが、医務室での検診で、再検に。 検診で早期に悪い所が発見され、手術をし、成功した例は検診の良い例と言える。しかし、余りにも多くの悪い例を見かけるのも事実である。私が経験した例を次に。 初めに、老人医療について、私の妻のお母さんは、喉 が悪いと言って入院、一週間に渡って検査をし、「其の検査で死ぬような思いだった!」と言っていた。そうしてやっと悪いところが見つかり、喉の手術を、と ころが直ぐに亡くなってしまった。どことなく割り切れないものが残っている。様子を見ながら、時間を掛けて本人の体力に合わせてやって居れば、まだまだ長 生き出来たのでは無いかと思うと残念である。この例を通して「老人医療は少し間違っているのでは!」と医者に話したら、「私もそう思う。しかし、「医者の 立場として”治して下さい!”と言って来られると、検査をし、手術をすることに成る。其のくらいはほっといて様子を見ましょう!とは、ちょっと言えな い。」と。しかし、医者も、老人の患者も、そろそろ老人医療のあり方について、考え直す時期に来ているのでは! 次に熟年の人間ドックについて、もう相当前に成る が、逸見正孝さんは、癌を公表し、手術をされ、比較的早く亡くなった時に、手術の是非が色々取りざたされた。私は、検診までは「全く元気そのもの」だった 人が、検診で癌のポリープが見つかり、胃を全部摘出し、その後抗癌剤を飲み、やせ細り療養を続けて行くうちに弱り、苦しんで亡くなられるケースを多く見か ける。何か可笑しいのでは無いか!と疑問に思っている。 検診で発見されたポリープは、昔であれば、見つから ずに、自然治癒していたケースも多かったのでは無かろうか。譬え、無くならないにせよ、現状維持か、十年も二十年も掛けて、大きく成っていたものかもしれ ません。この考えが正しいとすると、手術の必要は無かったことに。痛い目に逢い、しかも胃は無くなり、体にとっては大変なダメージです。私だったら、胃が ちゃんと有っても、弱い方なので、胃が無ければ、満足な生活が出来るとは思えない。私は全く自覚症状が無い場合は、胃を取ったりする様な大手術はしない方 が良いと思い、手術はしない積りである。 一般検診は、自覚症状がない状態で、進んだ医学の力 で悪いと思われるころを発見する行為である。検診で悪いと思われるところが分かり、手術が必要と言われても、私のように手術をしない場合は、検診はしない 方が良いことに成る。検診をして、手術が必要と言われて、手術をしないでいるのは、大変なストレスが掛かる。気の弱い私の様な者は、そのことで病気に成る かもしれない。悪いことを知らない方が良い。 大手術が如何に大変なものかを、列挙してみる。 (1) 今の医学では、ポリープの成長の程度の判断が付かないのでは! (2) 手術は危険性が大! (3) 手術をする先生等にも、経験、能力、コンデション等に個人差大。 (4) 不十分な機能で生きるのは大変! (5) 手術前後のストレスに耐えることは大変! (6) 癌は、手術で体力が弱ったところで、成長する危険が大! (7)最近は、病院自身に危険が一杯! (9)その後の生活に大きな制約が! 1999、12、3記
補足:退職後20年ほど無料検診等全く行ってない。
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