| ≪一寸庵閑話≫ 「古池や芭蕉飛こむ水の音」 ~仙厓義梵の人間像を探る~ |
▼仙厓義梵は1750年に美濃に生まれ、11才で出家、19才で初めて武蔵へ行脚、40才で福岡・聖福寺の123代住職に、62歳で弟子の湛元に譲り、87歳で125代住職に戻り、88才(1837年)で亡くなりました。 有名な『〇△□』図や『古池や芭蕉飛こむ水の音』の俳句などユーモアあふれる作品があります。『博多の仙厓さん』と博多の人々に親しまれました。
城山三郎『落日燃ゆ』の広田弘毅の菩提寺で、彼の誕生日が私と同じという親近感があります。
堪忍柳画賛 大風にじっと堪えている柳。風が止むのを待っている柳。『気に入らぬ風もあろふに柳哉』と書いた仙厓。まさに人生そのものが『ならぬ堪忍、するが堪忍』という教訓でしょうか。70才代、仙厓の『堪忍』の力強い筆力です。
〇△□ 初めてこの画を見た時、『何だ?こりゃ?!』と思った瞬間は今も忘れません。『神道、儒教、仏教』を表したものという解釈が最有力とか。 〇から△さらに□へと書いたようにみえますが(□の墨のかすれ具合から)、仙厓は□から△、〇へと書いたと云われています。仙厓が『私は修行中の身、三角であり完全な円になっていない』と53才のとき本山・妙心寺の大通住職への手紙に書いているのです。
▼仙厓は『芭蕉蛙画賛』に『古池や芭蕉飛こむ水の音』や『池あらは飛て芭蕉に聞かせたい』のようにパロディ風にユーモラスに描き、書いています。 病に倒れ臨終が近い仙厓から話を聞こうと集まった弟子たちに云います。『死にとうない。ほんまに、ほんまに』・・・。 (完)
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